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(RP)大切な数値であることが理解できました。では、VO2Maxは、どのように測定するのでしょうか。
(小島)スポーツ用のスマートウォッチに付いた光学センサーで測定します。例えば、体組成計が発売されてから、誰もが家庭で「体脂肪率」を測定できるようになりました。すると、それまでは病院や専門の設備がある場所でしか測定できなかった数字が身近なものになり、国民のダイエット知識や健康意識にも変化が起きましたよね。
(RP)減量の目安が「体重」から「体脂肪率」に移った大きな変化でした。
(小島)それと同じように、ウェアラブルIT機器で心肺機能の「見える化」が実現した結果、身近になった大切な数値の一つがVO2Maxです。今では血中酸素飽和濃度(SpO2)も測定できるようになり、アップルウォッチも2020年の秋からこの測定機能を搭載しました。
(RP)身近なモバイル機器でそんなことができるなんて、便利な時代ですね。
(小島)実際にマスクを装着してトレッドミル(ランニングマシン)で走り、呼気の中の酸素量を量っているわけではないのですが、年齢、体重、走るスピードと距離、心拍数の間には一定の相関関係があるので、スマートウォッチを着けて一定の距離を走ると、その人のVO2Maxが計測されるんです。代表的なブランドはアメリカのガーミン(GARMIN)で、フィンランドのSUUNTOも人気です。ちなみに私はカシオのG-SQUADを愛用しています。
(RP)ビッグデータとヘルスケアがそうした形でつながると、様々な情報が可視化されて、多くのメリットがありそうですね。
(小島)ITのおかげで、ランナーは自分の走力や体力を客観的に知るデータを入手できるようになり、VO2Maxは練習メニューや練習量を考える指標としても広がりつつあります。走力全体を測る指標には他にも「AT値(無酸素性作業閾値)」や「ランニングエコノミー」などがありますが、VO2Maxや心拍数はその中心となる重要な数値で、これが手軽に測定できるようになったのは嬉しいことです。私が中学生の頃は、陸上部の練習で、走った後にみんなで首や手首に手を当てて心拍数を計っていましたが、誤差や「気のせい」も多かった(笑)。
(RP) ランナーの人たちは、ただ走っているだけじゃなく、タイム以外にも様々な数字と向き合いながらスポーツに親しんでいるんですね。
(小島)ランナー全員というわけではないでしょうが、自分のパフォーマンスや記録と深い関係を持つVO2Maxを手軽に確認できるようになったのは、大きな変化です。
(RP)ランナーだけではなく、走らない人たちも、血流や心拍数が、健康診断や病気になった時の通院で知る数字ではなく、日常的な健康管理の一つの指標として「いつも知っておくべき数字」になったのは意義深いですね。
(小島)まさにその通りで、これまでは「スタミナ」、「体力」という抽象的なイメージで「あるかないか」を漠然と感じるしかなかった要素が、スマートウォッチのおかげで数値的に管理、改善できるようになったんです。
(RP)だったら、人一倍、心肺機能の強化に関心を抱くランナーの人たちは、VO2Maxの可視化で、ますますやる気が出てくるのではないでしょうか。
(小島)具体的な問題意識や関心は個々のランナーによって違いますが、「VO2Maxを高めたい」という希望は、もちろん多くのランナーが抱きます。フェイスブックやインスタグラムで、VO2Maxの表示画面や体内年齢を見せ合うランナーもいて、ランナーは総じて、スポーツをやらない同世代の平均よりも、そうした数値が10~20歳若いです。「血管年齢」はまだ計測できませんが、おそらく、ランナーは世代平均よりも若いでしょう。
(RP)例えば、具体的に、VO2Maxはどの程度だと高くて、どの程度だと改善の必要があるのでしょうか。
(小島)「健康づくりのための運動基準」(厚生労働省 2006年)に収録された『健康づくりのための性・年代別の最大酸素摂取量の基準値』によると、世代と年齢別のVO2Maxの基準値は、20代なら男性は40mlで、女性は33mlです。30代は男性38mlで女性32ml、40代は男性37mlで女性31mlとなっています。50代になると男性34ml、女性29mlで、60代は男性33ml、女性28mlです。
(RP)20代と60代を比べると、男女とも20%近く下がっていますね。年を重ねて体重が増え、筋力が減れば、日常生活が苦しくなるのも納得がいきます。肥満の人や不摂生の人は、当然、基準値よりも低いでしょうから、仕事や生活の質も下がりますよね。
(小島)VO2Maxの感じ方には個人差があるでしょうが、身近な実感を紹介すると、数値が高いほど疲労や息切れがしにくく、数値が低ければ「ビルや駅の階段を数階上がると息切れする」、「バス停を目指して走ると、疲れて汗びっしょり」という感じでしょうか。
(RP)それは分かりやすいですね。ちなみに、小島さんのVO2Maxはどれくらいでしょうか。
(小島)私はランニングの質に応じて58~62mlの間を上下しており、20代男性の基準値の約1.5倍です。ハーフマラソンが約84分、10kmが約37分ですから、40代男性のVO2Maxでは上位のほうです。オリンピック選手やプロのランナー、箱根駅伝の経験者だと80mlを超える人もいて、このような人たちは駅数個分の距離を走ったり、ビル10~20階の階段を駆け上がったりしたくらいでは疲れません。仮に息切れしても、すぐに安静時の心拍数に戻り、これくらいの運動では翌日に疲れが残ることもありません。
(RP)運動不足の社会人だと、階段を数階上っただけでも疲れるので、大きな差ですね。その差が人生全体に影響を及ぼすと考えると、VO2Maxの向上はランナーだけの課題だけではない気がしてきます。
(小島)体重や体脂肪率が「車の重さ」なら、VO2Maxは「排気量」です。大型車のエンジンが弱く性能が低ければ、どうなるか。人間もこれと同じです。筋力は「エンジンの性能」ですから、筋力が弱い人も実質的には肥満と同じで、酸素を活用できていません。